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禁断の向こうへ イラン人の秘密

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禁断の向こうへ イラン人の秘密 2017年製作/イラン/作品時間52分

 今回紹介する作品は、特集【未知の国 イラン】より、「禁断の向こうへ イラン人の秘密」です。

作品概要

 イランでは、イスラム教の戒律が国民に厳しく課せられ、様々な自由が制限されています。そんな中、宗教警察の監視の目を掻い潜り、禁止されている「欧米風」の暮らしを満喫している人々が、少なくありません。本作では、逮捕されるリスクを冒してでも「戒律」を破る庶民の実情に、フランスの取材班が潜入します。イランという宗教国家の矛盾した側面を見つめ、そして国家や宗教の在り方を、考え直すきっかけになる作品です。

注目のポイント

「監視社会」イランの実情

 イランは、中国に次いで死刑の多い国です。毎日1000人が処刑され、未成年でも死刑になることがあるといいます。また、鞭打ちなどの刑罰も盛んに行われていて、その背景には、イスラム教の戒律による厳しい規制があります。本作では、首を吊られた人の映像なども映し出され、その姿は非常にショッキングです。ところが、街で取材を受ける人々は、自由のない現状に不満を抱きながらも、どこか飄々としています。「バレたら刑務所行き」のイラン社会で、庶民はとても器用に生きているように思えます。

隠れる者、闘う者

 

 イスラムの戒律では飲酒は禁止されていますが、庶民の中ではビールを密造して利益を得ている人もいます。また、禁止されている犬の飼育も富裕層には人気です。警察の監視がまばらになる夜中に、こぞって犬を散歩させている人々の姿は、とても奇妙です。これらの「禁止行為」は、ほとんどが隠密に行われています。一方、この規制に真っ向から立ち向かおうとする人々もいます。彼らは「バムバム」と呼ばれ、グラフィティーアートで自由を訴えます。彼らは、死刑になるリスクを冒してでも、声を上げることを止めません。本作では、イラン国民の戒律に対する様々な抵抗の手段に密着し、彼らの「本音」を、丁寧に掬い上げています。

「宗教国家」の矛盾

 イランでは、皇帝による統治が行われていた時代こそ、富裕層は「欧米風」の自由な暮らしをしていましたが、貧富の差による不満が革命を呼び、今の「宗教国家」が成立しました。体制側による宗教的プロパガンダは活発で、国営放送ではイスラムの説教ばかりが放送され、大量の資金を投じて、指導者であるホメイニ師の霊廟や、反米感情を煽るCMが制作されています。しかし、市井ではアップル等の米製品が流通し、金曜日の礼拝に参加するのは、国民の5パーセント程度だといいます。イランは一見、敬虔なイスラム教の戒律により治められている「宗教国家」であるように思えますが、その実情は、プロパガンダと、それに対する国民感情の乖離が進む、矛盾に満ちたものです。

 

 宗教も、国家も、私たち人間が「より良く」生きていくために、長い歴史の中で考え出した「知恵」のように思えます。何かを信じ、崇めることで、生きるうえでの障壁を乗り越え、団結することで、相互に暮らしを豊かにしていくことが、宗教や国家の本来的な機能なのではないでしょうか。

 今のイランにおける「戒律」は、人々の生活をただ制限するだけの枷となっているように感じました。本来の、救済としての宗教の意味合いを失い、戒律という「行動」だけが形骸化してしまっているのです。 

 日本では、宗教が生活に影響を与えることはまれで、イランが抱える問題も、他人事のように感じるかもしれません。しかし、「社会システムの形骸化」という問題と捉えると、それは決して他人事ではありません。

 「知恵」は、時代の変化とともにアップデートされるべきです。私たちが、過去の知恵という枷に囚われないために、友好国イランの実情を、見つめてみる必要があるのではないでしょうか。

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