ドキュメンタリー映画の部屋inアジア

アジアのドキュメンタリー映画専門チャンネル「アジアンドキュメンタリーズ」配信作品の感想を綴っていきます。

鉄の男たち チッタゴン船の墓場【日本初公開】

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鉄の男たち チッタゴン船の墓場 2009年制作/バングラデシュ/作品時間90分

 今回紹介する作品は、特集【危険な仕事】より「鉄の男たち チッタゴン船の墓場」です。

作品概要

 世界中の廃船が集まる「船の墓場」は、バングラデシュ南東部の都市チッタゴンにあります。ここでは、貧しい労働者たちによって巨大な廃船の解体が手作業で行われています。本作では、チッタゴンで廃船の解体工として働く「鉄の男たち」に密着し、毎年20人が命を落とすという危険な解体作業や、労働者たちの深刻な貧困問題にも触れながら、彼らの、逞しくひたむきな生き様を描いたドキュメンタリーです。

注目のポイント

2万トンの廃船を切り分ける男たち

 本作の魅力の一つは、なんといっても衝撃的な解体作業の映像です。まともな重機も使わずに、潮の満ち引きで巨大な廃船を浜辺に上げ、手作業で切り分けてゆくのです。無機質な廃船とは対照的に、解体工の男たちは活気にあふれ、自らを鼓舞するような掛け声に合わせて、その細い身体の何倍もある鉄くずやロープを引くのです。また、危険な現場に事故はつきもので、実際に一歩間違えば命を落とすような危険なシーンもあります。死にかけた若い工員に、「神が守ってくださった」のだというベテラン工員は、命を捨てた人間の凄みを感じさせます。

貧しさと、逞しさ

 チッタゴンで働く者の多くは、バングラデシュ北部の貧しい人々です。中には、学校に行くお金のない子どもが親と一緒に働いているケースもあります。子どもを労働から守る法律もあるようですが、彼らはそもそも働かなければ食べていけず、貧困に対して支援があまりに遅れている実態がうかがえます。しかし、貧しい労働者たちがみな、人生に絶望しているわけではありません。貧しさを原動力にして、毎日力を振り絞って働く男たちはとても逞しく、ある種の希望すら感じさせるような無邪気さがあります。

愛する家族のために

 子どもができたという出稼ぎ労働者のベラルは、妻と子どもの待つ田舎まで4日かけて帰りましたが、そこで我が子を抱いて、涙を流しました。必死に働いても良くならない暮らしや、愛する家族への思いに、感情が爆発したのでしょうか。2万人以上いる、チッタゴンの労働者には、一人ひとりに人生があり、愛する人がいるのです。それを思って改めて「船の墓場」の現場を見ると、力を振り絞って働く彼らの姿に、強く心を揺さぶられます。

 

 ドキュメンタリーは、社会問題を提起するだけではなく、そこに何らかの意図をもって、観る人の感情に訴えかけるものです。この作品は、良い意味でドキュメンタリーのあるべき姿を体現しているように思えます。

 チッタゴンの状況は、改善されるべきものでしょう。しかし、人間とは残酷な生き物で、その問題だけを提起されても、それが自分と距離のあるものだと、素通りしてしまいます。そのため、語弊を恐れずに言えば、ドキュメンタリーという「エンターテイメント」として発表することで、観る人と彼らの世界の距離を近づけることができます。

 しかし、ドキュメンタリーで描かれる彼らの生き様は、「見せ物(≒エンターテイメント)」ではありません。映画の力を借りて、彼らの世界に近づいた私たちは、ともに考え、悩み、行動することができ、また、そうしなければならないのだと、この作品を観て、強く感じました。

 

「鉄の男たち チッタゴン船の墓場」は、アジアンドキュメンタリーズで配信中です↓

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