ドキュメンタリー映画の部屋inアジア

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アスワン-餌食にされた死者-

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アスワン-餌食にされた死者- 2019年製作/フィリピン/作品時間85分

 あけましておめでとうございます。今回紹介する作品は、1月の特集【フィリピンの悪夢】より「アスワンー餌食にされた死者ー」です。

作品概要

 2016年に就任したドゥテルテ大統領による「麻薬撲滅戦争」により「殺戮の街」となったフィリピンの実態に迫る衝撃の作品。警察には麻薬患者や売人をその場で射殺する権利が与えられ、超法規的殺人が急増する街の情勢は、フィリピンの民間伝承に登場する妖怪「アスワン」が出現したかのようだといいます。「この街が築かれた時、化け物が現れた。それがアスワン。姿を変えながら、人々を捕食する」。思わず目を背けたくなるような、恐ろしい街の姿を見せつけられる作品です。

見どころ

「殺戮の街」の日常

 日常の中に「死体」があるというのは、想像しがたいことですが、今日のフィリピンではそんな暮らしをする人々がいます。治安を守るはずの警察に怯え、自分や肉親が殺される恐怖と隣り合わせの生活を送っているのです。そして、全身を布え覆われ、次々と運ばれてゆく死者の姿は、まるで地獄にいるかのような絶望を感じさせます。フィリピンの麻薬戦争の実態を、その絶望感を、リアルに感じることができるのが、この作品の衝撃的なところです。

「警察だ!逃げろ!」という子供たち

 殺戮の街の子供たちは「かわいそうな子供」のような表情はしていません。無邪気に遊びまわる子供たちの姿は、日本の公園で見るそれと、本質は何も変わらないように思えます。しかし、彼らを取り巻く残酷な社会は、彼らにとっての「当たり前」を変えてしまいます。「警察だ!逃げろ!」というのは、ごっこ遊びをする子供たちの言葉です。警察が来たら逃げないと、殺されてしまうかもしれない、という現実を、子供たちも肌で感じているのです。

立ち上がる人々の挑戦は続く

 ドゥテルテ政権に対抗しようと、立ち上がる人々がいます。肉親を殺された人々が「殺人をやめろ」と行進をします。彼らは、自分が殺されるかもしれない恐怖を飲み込み、社会を変えようと勇気をもって進むのです。また、ある人権団体は、警察に違法に留置された人々の解放を試みます。絶望的な状況にある「殺戮の街」で、希望を信じて立ち上がる人々の挑戦は、これからも続くのです。

 

 フィリピンの麻薬撲滅戦争によって殺される人の多くは貧困層の人々だといいます。ドゥテルテ大統領の強硬策には、世界からも非難の声が上がっていますが、この先の見通しは不透明です。麻薬によって社会が壊されてしまうことはあってはならないことですが、その一方で、超法規的な殺人が横行し、街に死体があふれることは、社会のあるべき姿ではないでしょう。

 作中で、「許しを乞う踊り」を踊る人々が登場します。しかし、「『アスワン』は許さない。許されず、捕食される。」のだといいます。何の罪を犯した故に、許しを乞うべきなのでしょうか。教会で祈りをささげる「殺戮の街」の人々を見て、そんなことを考えさせられました。

 

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