ドキュメンタリー映画の部屋inアジア

アジアのドキュメンタリー映画専門チャンネル「アジアンドキュメンタリーズ」配信作品の感想を綴っていきます。

タミルの虎 銃を手にした少女たち

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タミルの虎 銃を手にした少女たち 原題:Blizny/英題:SCARS/2019年製作/作品時間79分/撮影地:スリランカ/製作国:ポーランド、ドイツ

 今回紹介する作品は、特集【スリランカの傷跡】より「タミルの虎 銃を手にした少女たち」です。

作品概要

 スリランカでは、26年にわたって内戦が繰り広げられてきました。多数派のシンハラ人と少数派のタミル人による民族対立で、多数派の政府軍に対抗した「タミル・イーラム解放のトラ」(通称:タミルの虎)には多くの少女たちも参加しました。この戦いで片腕と片目を失った女性が、かつての同志を訪ねて当時を振り返ります。青春を戦闘に捧げた少女たちは、敗戦後、社会から排除され、心身の傷に苦しんでいるのです。そんな彼女たちは、なぜ銃を手にしなければならなかったのでしょうか。スリランカ社会に今も深く刻まれた内戦の傷跡を、女性たちの力強さとともに描いた作品です。

見どころ

心身に残る戦いの傷

 生き残ったことが罪なのだと、「タミルの虎」のある女性は語ります。生死の境を彷徨い、傍らで同志が殺されてゆく、そんな戦場にいた彼女たちは、内戦が終わった今もその記憶に苦しめられているのです。彼女たちの言葉と、痛ましい姿は、年端もゆかぬ少女たちがいかに惨い場所で戦っていたのかを物語っています。紛争・内戦といった言葉が報道で一人歩きしているなか、その残酷さを現実のものとして感じることができます。

逃げない、兵士としての生き様

 内戦が終わっても、「タミルの虎」たちは敗戦の徒として、社会から排除され、監視下に置かれています。新政権ではそんな監視がより厳しくなり、うかつに外に出ることもできないといいます。しかし、そんな状況でも、彼女は、逃げることはしません。逃げることは、兵士としての自身の人生を裏切ることだというのです。どんな苦境にあっても、決して絶望することのない、力強い「兵士」としての生き様に、心打たれます。

 

 長い内戦の渦中で、少女たちは、「生まれながらの兵士」として戦い続けました。

 多くの人々が命を落とすことになった戦争や虐殺といった悲劇は、歴史上たびたび繰り返されています。そんな歴史を振り返ると、自分たちと違う人種や民族、価値観を受け入れることのできない人間の「弱さ」に、絶望してしまいそうになります。

 しかし、人生を戦いに捧げる運命となった彼女たちは、戦後の幸せな暮らしを信じていた人々の思いを背負って、前を向きます。これからの彼女たちの戦いは、人間の「弱さ」との戦いであり、私たち人間全員の戦いです。

 そして、彼女たちも私たちも、同じ人間だと、そう思ってみると、「弱さ」と戦う力は、私たちにも秘められているのだと、気づかされます。生きにくい社会や、つらい現実を、悲劇で終わらせない力を、感じてみませんか。

 

「タミルの虎 銃を手にした少女たち」は、アジアンドキュメンタリーズで配信中です↓

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人狩り 中国の違法臓器売買

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人狩り 中国の違法臓器売買 2016年製作/中国/作品時間51分

 今回紹介する作品は、特集【人狩りの実態】【ドキュメンタリー映画で緊急支援】より「人狩り 中国の違法臓器売買」です。

作品概要

 近年、臓器移植手術を求めて多くの人々が中国を訪れます。ドナーを求めて何年も待つことが当たり前の臓器移植ですが、中国ではわずか1週間で適合する臓器が入手でき、手術ができるといいます。2020年には「世界一の臓器移植国」を掲げる中国ですが、その臓器の出所は明らかになっていません。これらの臓器について、専門家は、不当に投獄された「良心の囚人」の殺害によるものであると指摘します。この作品では、中国臓器移植の実態を暴き、中国政府が秘密裏に推し進める臓器移植ビジネスについて国際社会に警鐘を鳴らします。

見どころ

日本で報道されない「国家による殺人」

 これは、作り話や都市伝説ではありません。中国では、「法輪功」という気功の一種を実践する人々(法輪功学習者といいます)などが「良心の囚人」として不当に拘束され、処刑されています。臓器の強制摘出も、法輪功学習者を中心に、処刑の一環として行われているのです。専門家の検証により、違法臓器売買が中国政府により推し進められていることが明らかになります。この問題は、日本では報道されずにいますが、医薬品や医療技術の提供を通じて、大勢の日本人もこの犯罪に加担してしまっているのです。

 「真」を信じ、証言する人々

 法輪功には、「真、善、忍」という3つの基本理念があります。作中では、中国共産党は嘘とプロパガンダを基盤に機能しており、「真」を信じる人が増えることを嫌っているのだといいます。事実、取材においても、法輪功学習者からの臓器摘出をやめようとした医師は、諜報部に殺されそうになったそうです。そんな危険を冒してでも、現状を変えるべく、証言し、活動をする人々がいます。自身の危険など、中国の人々が直面している危険とは比較にならないと、ある専門家は言います。勇気ある彼らの行動の前で、私たちはどうすればいいのか、考えなければなりません。

 

 ドキュメンタリーに限らず、メディアとは、ある種人の不幸を金に換えるという側面を持っています。しかしそれは、世の中の人々が、私たち人間が直面する不幸から、目を背けることなく、向き合っていくためのものなのだと思います。

 この作品で訴えられている中国の違法臓器売買と、それに伴う法輪功学習者などの迫害は、同じアジアの隣国のことであるにも関わらず、この日本では全くと言っていいほど報道されていません。また、日本政府も、この問題に対して沈黙しています。

 見て見ぬふりをしていては、人間は同じ過ちを繰り返してしまいます。私たち一人ひとりが、見て、知って、考える必要があるのです。日本中、世界中の人々がそうすることは、必ず、この悲劇の幕を下ろす力になります。

 目を背けてはいけません。向き合うことを恐れない勇気を、出してみませんか。

 

人狩り 中国の違法臓器売買」は、アジアンドキュメンタリーズで配信中です↓

※アジアンドキュメンタリーズでこの作品を見ると、単品購入の方は視聴料全額、月額見放題の方は月の視聴料から495円が医療支援に寄付されます。(1月22日~2月28日)

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世界に伝える ウイグル族強制収容所

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世界に伝える ウイグル族強制収容所 2019年製作/中国・オーストラリア/46分

 今回紹介する作品は、特集【人狩りの実態】より「世界に伝える ウイグル族強制収容所」です。

作品概要

 この作品は、中国・新疆ウイグル自治区で、徹底した文化的ジェノサイド政策が行われている実態を浮き彫りにするドキュメンタリーです。オーストラリアで暮らすウイグル人たちが語るのは、家族と会うことも許されず、想像を絶する人権侵害に苦しみ続けているという、悲痛な叫びでした。中国政府による厳しい情報統制下で、リスクを冒して続けられた取材、研究者たちの検証に加え、独自に入手した収容所内部の映像も公開し、中国で今も続く「人狩り」の実態を、世界へ発信します。

見どころ

「家族に会いたい」ウイグル人の生の声

 オーストラリアに暮らす多くのウイグル人は、家族を中国に残したまま、会うことや電話をすることが許されずにいます。あるウイグル人の男性は、妻の産にも立ち会えず、2歳になる息子とは一度も会えずにいるといいます。悲しみに暮れ、「何も楽しくない」と語る彼らの、生の声を聴くことで、ウイグル族弾圧による被害の残酷さを、現実のものとして感じることができます。

「世界最大の刑務所」の実態

 中国政府による文化的ジェノサイド政策により、新疆ウイグル自治区は「世界最大の刑務所」となっています。そこでは、徹底した「人間の管理」と、文化の破壊が行われていました。また、家族と分断された子供たちは、中国化するための再教育を受けさせられるのです。この作品では、ウイグル族を根絶やしにしようとする中国政府の弾圧の実態を、細部まで徹底的に捉えています。

 

 民族弾圧は、ナチスドイツのユダヤ人虐殺をはじめ、これまでの人類の歴史でたびたび行われてきた悲劇ですが、中国・新疆ウイグル自治区では、それが今もなお続いているのです。

 この作品は、そんな巨悪に立ち向かうべく、証言者、取材者が身の危険を冒してでも世界に伝えなければならなかった思いの結晶です。

 この問題は、私たち一人ひとりが考えなければならないことだと思います。人権侵害という敵に打ち克つには、より多くの人々が、問題意識を持って団結することが必要不可欠だからです。

 過去の悲劇が繰り返されていると書きましたが、過去とは違うこともあります。情報ツールが多様化した現代では、このページで紹介しているドキュメンタリー作品のように、統制されていない情報を、私たち一人ひとりが受け取ることができます。知らないことの延長線上にあった悲劇を、現代に生きる私たちは防ぐことができます。

 彼らが必死の思いで発信したメッセージを、あなたも受け取ることができるのです。

 

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地雷ときどき僕。

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地雷ときどき僕。 2016年製作/カンボジア/作品時間60分

 今回紹介する作品は、特集【悪魔の兵器】より、「地雷ときどき僕。」です。

作品概要

 カンボジアでは、かつて激しい内戦がありました。タイとの国境付近にあるタサエン地区には、内戦の時代に埋められた地雷と、ともに生きる人々がいます。地雷原の隣で暮らす子供たちや、地雷の除去活動に勤しむ地元の人々、そして、15年間にわたりカンボジアのために活動する一人の日本人の姿を通して、カンボジアのありのままの姿が見えてきます。ひたむきに生きる人々の、温かさの詰まった作品です。

見どころ

「地雷原に入ってはいけません」

 地雷の歴史を知らない子供たちには、大人がそんな風に言ってきかせるのです。タサエン地区には、これまでにも地雷の被害に遭った人々がいます。同じ目に遭う人がもう出ないでほしいと、両足を失った男性は語ります。危険と隣り合わせの日々とは裏腹に、子供たちの笑顔は無邪気で、それは、運命の不条理さを示しているようにも、明るい未来の象徴のようにも思えます。

安全なふるさとのために

 地雷原で除去活動に取り組む、地元の若者たちがいます。彼らは、デマイナー(地雷探知員)としての訓練を受け、日々、除去作業に勤しみます。地雷原での作業は危険を伴い、過去には大きな事故で命を落とした人もいます。それでも、彼らは安全なふるさとを取り戻すため、村の人々の思いを糧に、今日も地雷の除去に取り組むのです。

カンボジアを元気にする日本人

 カンボジアで長年、地雷処理、地域復興支援を続ける日本人がいます。高山良二さんです。自衛官として参加したカンボジアPKOをきっかけに、カンボジアに特別な思いを抱くようになった彼は、地雷除去活動にとどまらず、教育や雇用の問題にも取り組み、村の暮らし全体を豊かにするため、日々奔走しています。カンボジアの人々について語る高山さんの表情は、慈愛と使命感に溢れています。

 

 本作品で紹介されてる高山さんは、地元の人々から「ター」と呼ばれて慕われています。「ター」とは、カンボジアの言葉で、親しみを込めて「おじいさん」と呼ぶ言葉だそうです。高山さんと彼らの間に、国境はありません。

 高山さんの姿を見て、誰かのために尽くすこと、奉仕することは、幸せなことなのだと、気づかされました。

 「生きる意味」を見出すのが難しい社会で、明日を前向きに迎えられる力を分けてくれる、そんな作品です。

 

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革命の子どもたち

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革命の子どもたち 2011年製作/レバノン・ヨルダン・ドイツ・日本/作品時間88分

 今回紹介する作品は、特集【戦う女たち】【流転の人生、その先に】より「革命の子どもたち」です。

作品概要

 1968年、資本主義社会の打倒を目指す革命運動の渦中に、二人の「女性革命家」がいました。日本赤軍重信房子と、ドイツ赤軍のウルリケ・マインホフです。この作品は、二人の娘である重信メイとベティーナ・ロールが、母親と自身の人生を辿り、母親が目指した「革命」とはなんだったのか、斬新な視点で読み解いてゆきます。テロリストとして歴史に名を残した彼女たちの、知られざる母親としての素顔に迫る作品です。

見どころ

生きた「革命」の記憶

 「あのころ」の熱気は、現代社会では感じることのない独特のものです。学生運動や革命に若者が熱狂した時代を、最前線で戦う革命家の子どもとして生きた二人の言葉は、歴史の教科書のような色褪せたものではなく、生々しい、臨場感溢れるものです。そして、社会に憤り、未来を変えようと戦った人々がいた世界は、間違いなくこの世界と繋がっていることに気づかされます。

母と子、それぞれの想い

 女性革命家として、戦いの最前線にいた彼女たちは、母親であることを忘れることはありませんでした。子どもがいることは、決して弱みではなく、彼女たちが強くあるための力の源だったのかもしれません。そして、子どもたちもまた、過酷な運命に左右されながらも、それを呪うことはしませんでした。子を想い、それでも戦う母親と自分の人生から目を背けずに向き合い続けた彼女たちからは、大きく、深い愛を感じます。

 

 革命とは、矛盾を抱えたものだったように思えてなりません。社会を憂い、隣人を苦しみから救うために立ち上がったはずの人々が、誰かを傷つけ、時に命まで奪ってしまうことになってしまったのです。

 そして、世界では今もなお、テロや戦争が続いています。それは、人間という存在自体が、矛盾に満ちたものだということを意味しているのではないでしょうか。

 この作品は、私たち人間の、その内包する矛盾との戦いを描いたものです。

 これは、懐かしい「あのころ」の物語ではありません。私たちの、矛盾との戦いは、あのころから、今も、そしてこれからも、続いてゆくのですから。

 

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海を守れ 環境警備隊インドネシア編

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海を守れ 環境警備隊インドネシア編 2018年制作/撮影地:インドネシア/作品時間52分

 今回紹介する作品は、特集【アジアンドキュメンタリーズでSTAY HOME!】で無料配信中の作品「海を守れ 環境警備隊インドネシア編」です。

作品概要

 世界最大級の島国・インドネシアには、違法漁業や海での人身売買、環境破壊など、深刻な海の問題が存在します。インドネシア沿岸警備隊の密漁船との戦いの日々や、破壊されたサンゴ礁を取り戻すための活動など、今日のインドネシアが抱える海の問題と、それに立ち向かい、海を守る人々の活躍を記録した作品です。※本編は、シリーズ”環境警備隊”のインドネシア編です。

見どころ

大迫力の「海戦」

 インドネシア沿岸警備隊は、密漁船の取り締まりという過酷な任務に就いています。密漁を行う者の中には武装している者も数多くおり、密漁船との戦いは、言うなれば「海戦」です。日夜、危険な任務にあたる彼らの原動力は、誇りと使命感にほかなりません。母国の海を想う気持ちが、彼らを次の任務へと向かわせるのです。

海が抱える「闇」

 密漁が横行している背景には、様々な問題が関係しています。密漁船に乗せられた乗組員の多くは、海外の貧困層の人々で、中には人身売買によって強制的に働かされている人もいるのです。海を守ろうとする人々がいる一方で、海が抱える「闇」を消し去るのは、一筋縄ではいかないことなのだと感じさせられます。

サンゴ礁、破壊と再生への挑戦

 インドネシアの海は、環境破壊にも侵されています。破壊的な漁法によりサンゴ礁が損なわれ、そのことが引き金となり水産資源が枯渇する恐れがあるといわれているのです。しかし、この問題を解決するために活動する人々は、ある方法でサンゴ礁を生き返らせることに挑戦します。インドネシアの漁業は、環境との共存の道をゆくことが出来るのでしょうか。

 

 一言に「海の問題」と言っても、その構造は極めて複雑で、そのすべてが絡み合っています。部分的な対策では、解決することができません。それは、今日の社会が抱える様々な問題にも共通して言えることです。

 この作品では、そんな社会問題を解決するヒントが隠されています。サンゴ礁の再生を図る有識者のチームは、地元の漁師たちにサンゴの生態系における役割を説いたのです。そうすることで、サンゴの重要性を「知った」漁師たちは、彼らの活動に協力するようになる、というわけです。

 社会問題は、ある側面だけを見ていては解決することができません。そして、一人の力ではどうすることもできないことばかりです。私たちが、私たちの社会の問題を、良い方向に変えていくには、まず、様々な側面を「知る」ということが大切なのです。この作品は、そんな「知る」ことの大切さを、改めて感じさせてくれました。

 まずは、「知る」ことから始めてみませんか?

 

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アスワン-餌食にされた死者-

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アスワン-餌食にされた死者- 2019年製作/フィリピン/作品時間85分

 あけましておめでとうございます。今回紹介する作品は、1月の特集【フィリピンの悪夢】より「アスワンー餌食にされた死者ー」です。

作品概要

 2016年に就任したドゥテルテ大統領による「麻薬撲滅戦争」により「殺戮の街」となったフィリピンの実態に迫る衝撃の作品。警察には麻薬患者や売人をその場で射殺する権利が与えられ、超法規的殺人が急増する街の情勢は、フィリピンの民間伝承に登場する妖怪「アスワン」が出現したかのようだといいます。「この街が築かれた時、化け物が現れた。それがアスワン。姿を変えながら、人々を捕食する」。思わず目を背けたくなるような、恐ろしい街の姿を見せつけられる作品です。

見どころ

「殺戮の街」の日常

 日常の中に「死体」があるというのは、想像しがたいことですが、今日のフィリピンではそんな暮らしをする人々がいます。治安を守るはずの警察に怯え、自分や肉親が殺される恐怖と隣り合わせの生活を送っているのです。そして、全身を布え覆われ、次々と運ばれてゆく死者の姿は、まるで地獄にいるかのような絶望を感じさせます。フィリピンの麻薬戦争の実態を、その絶望感を、リアルに感じることができるのが、この作品の衝撃的なところです。

「警察だ!逃げろ!」という子供たち

 殺戮の街の子供たちは「かわいそうな子供」のような表情はしていません。無邪気に遊びまわる子供たちの姿は、日本の公園で見るそれと、本質は何も変わらないように思えます。しかし、彼らを取り巻く残酷な社会は、彼らにとっての「当たり前」を変えてしまいます。「警察だ!逃げろ!」というのは、ごっこ遊びをする子供たちの言葉です。警察が来たら逃げないと、殺されてしまうかもしれない、という現実を、子供たちも肌で感じているのです。

立ち上がる人々の挑戦は続く

 ドゥテルテ政権に対抗しようと、立ち上がる人々がいます。肉親を殺された人々が「殺人をやめろ」と行進をします。彼らは、自分が殺されるかもしれない恐怖を飲み込み、社会を変えようと勇気をもって進むのです。また、ある人権団体は、警察に違法に留置された人々の解放を試みます。絶望的な状況にある「殺戮の街」で、希望を信じて立ち上がる人々の挑戦は、これからも続くのです。

 

 フィリピンの麻薬撲滅戦争によって殺される人の多くは貧困層の人々だといいます。ドゥテルテ大統領の強硬策には、世界からも非難の声が上がっていますが、この先の見通しは不透明です。麻薬によって社会が壊されてしまうことはあってはならないことですが、その一方で、超法規的な殺人が横行し、街に死体があふれることは、社会のあるべき姿ではないでしょう。

 作中で、「許しを乞う踊り」を踊る人々が登場します。しかし、「『アスワン』は許さない。許されず、捕食される。」のだといいます。何の罪を犯した故に、許しを乞うべきなのでしょうか。教会で祈りをささげる「殺戮の街」の人々を見て、そんなことを考えさせられました。

 

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