ドキュメンタリー映画の部屋inアジア

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精神病棟のプロポーズ

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精神病棟のプロポーズ 原題:The Marriage Project 2020年製作/作品時間79分 撮影地:イラン 製作国:イラン、フランス

 今回紹介する作品は、特集【結婚の価値】より「精神病棟のプロポーズ」です。

作品概要

 イランの精神科病院「エーサンの家」で「結婚プロジェクト」という試みが始まりました。これは、治療のため病院に収容されている精神病患者たちのなかで、適性のある者に結婚してもらい、症状の回復に繋げようとするものです。治療のためとはいえ、大半の患者が院内で一生を終えるという特異な環境で、彼らにとって「結婚」が持つ意味はどのようなものなのでしょうか。患者たちの結婚に奔走する病院スタッフと、自身の気持ちや運命に向き合う患者たちの姿を通して、私たち人間が「結婚すること」の価値を問いかける作品です。

注目のポイント

窓を叩く音、精神病棟の光景

 「君たちは囚人ではない」と、医師が患者たちに声をかけるシーンから、この作品は始まります。確かに、収容されている患者たちは、集団で行動を制限され、病院から出ることを許されていないため、自分を囚人のように感じても、不思議はありません。取材を受けていた患者たちは、一見、健康な人と同じように話ができているように思えますが、夜中、しきりに窓を叩いたり、虚ろな目で歩き回ったりする姿を見ると、彼らが心を病んでいることが如実に伝わってきます。私たちが普段、目にすることのないその光景は、とても衝撃的です。

「楽園」で愛を育む二人

 患者であるサハルとセイフラーは、ともに長くこの病院で暮らしており、両想いの関係です。彼らは、温室で植物をいじりながら、愛の言葉を交わしあうのです。彼らの表情は、心を病んでいることを忘れさせるほど、希望に満ちています。「結婚プロジェクト」に着手した医師も、この「愛」が持つ力に、賭けてみたくなったのかもしれません。しかし、彼らの結婚には、大きな障壁があるのです。作品全体を通して、彼らが確かに感じている「愛」と、それが形にならないことへの葛藤が、力強く描かれます。

結婚しない人だって手をつなぐ

 患者のマルジャンは、家族との問題を抱え、この病院で暮らしています。彼女の結婚における障壁もまた、家族です。結婚することが、個人のみならず、家族にとっても影響のあることなのは、間違いありません。彼女は、家族から見放され、万が一彼女の子どもを育てることになるのを恐れられ、結婚も許されていないのです。しかし、愛の形は「結婚」だけではありません。彼女は、プロジェクトによって結婚が計画されていた男性の手を取り、「結婚しない人だって手をつなぐ」のだと言いました。彼女が、自分の運命に立ち向かう姿は、とても情熱的で、ロマンチックです。

 

 「愛」の効果は「他人との境界を破壊すること」だと言ったのは、本作の語り手の、かつての恋人です。そして、この病院のある精神科医も、愛によって「感情の共有」や「感情の相互作用」が起こるのは必然だと説いています。

 心を病んでいる彼らにとって、この「境界の破壊」は、果敢な挑戦だったはずです。そして、それでもなお「愛」の持つ力を信じる、医師の情熱に、心を打たれます。

 誰かを愛することは、私たち人間が持つ力の一つです。心が苦しかったり、くたびれてどうしようもなかったりするときに、大切な誰かを想ってみると、力が湧いてくるかもしれません。そんなことを、思い出させてくれる作品でもあります。

 

「精神病棟のプロポーズ」は、アジアンドキュメンタリーズで配信中です

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